明大ワンダーフォーゲル部員の冒険
日刊スポーツ掲載記事

 昭和41(1966)年2月25日付の日刊スポーツに掲載された記事。「自転車でヨーロッパを縦断旅行をしていた明治大学のワンダーフォーゲル部員がリヒテンシュタインに入国、ホテル『レアル』で働く瀬尾亘雄さんの好意を受けた」という内容ですが、当時、日本の駐スイス大使館は駐リヒテンシュタイン大使館を兼任していなかったために起きたことです。「昭和39(1964)年の東京オリンピックにリヒテンシュタインの2選手が出場した後」のことで、外務省の対応が遅れていたといえるでしょう。

 日本とリヒテンシュタインの外交関係は1919年にスイスとリヒテンシュタインが領事条約を締結してからスタートしていたのですが、通信手段等の未発達な時代ですので仕方がなかったのでしょう。

冒険旅行 新聞記事より
※明大ワンダーフォーゲル部員の冒険記事(日刊スポーツより)